読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『願いながら、祈りながら』乾ルカ

願いながら、祈りながら (徳間文庫)

願いながら、祈りながら (徳間文庫)

 

 

 この作品を多感な、それこそ登場人物である中学生と同じ、自分が中学生であったときに読んだとしたら何を思っただろう。あの頃に戻ったつもりで考えてみるときっと「ああ、東京の生まれでよかった」とか「田舎ってこんな面倒くさいのかよ」とか、そんなことをまず思ったあとに、「うーん、やっぱりわからん」と言ってこの物語に登場する中学生1年生4人と、中学3年生1人の想いや感情と向き合うことを放棄してしまったかもしれない。この物語に登場する中学生は自分と自分の置かれた状況に考え悩み傷つき、そして再生していく様はきっと、あまりにも眩しいに違いない。

 “田舎”が自分にとってファンタジーのそれ(想像することでしか輪郭を描けないもの)であるのと同じように、また”過疎地”であること、そこでの生活は頭の中にある田舎的ファンタジーをさらに拡張していかないといけなくなるので、大抵読んでいて疲れてしまう。

 今回だって例外なくそうなんだろうなと構えていた。でも、別の角度からガツンと殴られるような感覚だった。確かに作中の誰かに共感するかというと、共感した試しはない。中学生が考えるにしては、あまりに中学生らしく、それが中学生ってこういう悩みあるよね?というステレオタイプなものであったとしても、多くの中学生が抱えるであろう学校や人間関係、学業についての悩みを、巧みな表現と、そうこれが重要なんだけれども、北海道の過疎地にある分校を下地に表現しているのだから、とにかく「巧くて綺麗」なのだ。

 なぜ数百ページにわたって中学生の揺れ動く感情を、彼らの言動に乗せて表現し続ける、表現し切ることが出来るのだろうと。5人しかいない学校のそれぞれ5人の視点で今を描いていく。明かされた内面は、その次の視点でそこに写る人物の前提になっている。そうして全員の視点が回ってきて、さらにこの物語は現実世界の出来事とリンクして、エンディングに向かう。

 いやはや、読後にため息が出る物語も久しぶりだった。丁寧な心理描写、北海道の空気、都会の喧噪とは異なる静けさ。逸品。

広告を非表示にする