『文字魔法×印刷技術で起こす異世界革命』藤春都

 

 手にしたときはどこまでアカデミックな話になっているのかそのタイトルを見て考えたけれど、「これは……」と読んだ後にゆっくり本を閉じるこの感じ。なにを言わんとしているか、印刷というアイデアがあって、そこからきっとインキュナブラや活版印刷ということが沸いてきたのだろうけど、これはラノベですとごっそり削り取られたというところがあるのかないのか。エロ本を刷って異世界を救う、という話である。突飛であるところがラノベ、ただし印刷技術という点については押し黙る他ない。「印刷技術」をどうしても出したかった理由がアイデアとして思いついたから以上の熱意が全く伝わってこない。

 文字が禁じられた世界で男がエロ本に熱狂する……それが少なからず主人公の行動にプラスになって、と話は展開していく。ちゃぶ台をひっくり返すのはこの辺り。さすがに無理があるだろうと思いつつ、この世界が抱える困難(それこそ文字を禁忌とする理由などなど)が薄く思えて、「世界を変える」行動に対して、へぇそうなんだ、という感想。印刷技術ではあるけれど、本を刷るということに障壁がなさ過ぎて、エロ本をばら撒くテロ(エロで釣って識字率を上げるという敵対組織から見たテロ行為)を行うことが簡単に達成できてしまっているのも気になる。

 振り返ってみると異世界から来た男が、異世界でエロ本作ってエロ本をばら撒くだけの話になってしまっているのは残念。

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『村上海賊の娘(一)』和田竜

 

村上海賊の娘(一)(新潮文庫)

村上海賊の娘(一)(新潮文庫)

 

 2014年の本屋大賞受賞作。なるほど確かにおもしろい。歴史小説はあまり読んでは来なかったのだけれど、この「村上海賊の娘」であるところの景姫の豪快さと活発さは今まで歴史小説に抱いていたキャラクタの硬さを打ち砕くものがあった。兄者に怒られることをめちゃくちゃ気にしているところとか、「ああ、人なんだなぁ」と。

 この「人なんだなぁ」というのは、景姫のように「豪快な性格の女性」の典型を地で行くようなキャラクタが放り込まれていることによって、歴史小説の読みやすさ(受け入れやすさ)が増しているからこそ感じるのかもしれない。歴史の人物(髷を結っている歴史上の人々)がどうも遠くに感じてしまっていた。それこそ坂本龍馬土方歳三だって、「わかるなぁ」「人なんだなぁ」と自分と地続きである人間という感覚がなかった。その点、この『村上海賊の娘』は軽さがあるのかもしれないけれど、ぐいぐい読ませていくものがある。

 しかし冒頭に出てくる孫市はこの後どう再登場するのだろう。

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『プロメテウス・トラップ』福田和代

 

プロメテウス・トラップ (ハヤカワ文庫JA)

プロメテウス・トラップ (ハヤカワ文庫JA)

 

  天才ハッカー“プロメテ”こと能條良明が、天才オタク青年”パンドラ”を相棒に強大な敵に挑む……と聞くと、なるほど、それこそNetflixで公開されていた『Mr.Robot』とかその辺りを思い浮かべるところだけれど、本書はあまりサイバーテロに対するコテコテの技術紹介というのが出て来ない。戦いではあるけれども、プロメテが回答に辿り着くまでの道筋であって、最後まで読んでみるとああ確かに綺麗な一本道だったなと思える。ある出来事に対して、実はこうだったんだ、別の出来事に対してそれは実はこうだったんだ、と丁寧に消化していく印象。

 かっちりとしたアウトラインがあって、そのアウトラインの全容が見えてくると「ああ、こいつが怪しいな」というものが見えてくる。そう考えるとミステリとも言える。ハッキングは「ハッキング」という言葉ですべてクラックできるようになっているし、パソコンと回線さえあればオッケーというその点においてはハッキングものとしての臨場感は薄い。ネットワーク上での戦いが少なく、ソーシャルハッキングもチェスもどこかで観たような展開。ディープブルーを出すのももはや手垢。スノーデン事件も作中の事件と引き合いに出てくるけれど実際スノーデン事件の方がとんでもない事件だったわけで。

 とはいえFBIという組織を中心とした刑事モノと考えると次々に事件は起こるし、爆発もあるし、で刑事モノ組織モノとしてとても秀逸、綺麗な展開を見せるのでハッカーノベルということを一端横に置いて、FBIvsサイバーテロ組織のドンパチと考えるとすんなり頭に入ってくるかもしれない。

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『紙の動物園』ケン・リュウ

 

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

 

 

 表題作の『紙の動物園』が先頭に来るのはやっぱズルいよと思いながらも『紙の動物園』があるからこそケン・リュウの世界が文庫版でもまたしても読んでしまった作品。ファンタジーでありながらもどこか底が抜けてしまいそうな危うさがあって、でも、じんわりと温かい。

 その後に続く『月へ』『結縄』『太平洋横断海底トンネル小史』『心智五行』『愛のアルゴリズム』も古典的であることの安心感ともうひとつ、最後の『文字占い師』にも色濃く登場する中国とそしてアメリカという国、あるいは歴史、そこに在った人の思想が、すべての物語の根底に流れている。その大きな流れに触れるという経験がとにもかくにも新鮮で、今、自分がこの太平洋を挟む中国とアメリカという国と国の間に位置する場所でこの翻訳を読んでいるということに、まさに良質な読書体験だなと感嘆してしまう。

 歴史はもの悲しい、でも抗えない哀しみに飲み込まれてしまっても、ケン・リュウが描くSFの世界には慈しみがあって、それでいて小さな焔を見ているような気分になる。

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『恋する寄生虫』三秋縋

 

恋する寄生虫 (メディアワークス文庫)

恋する寄生虫 (メディアワークス文庫)

 

 

 プラトニックな恋愛を描いている小説は多くあるけれど、そのプラトニックさに介在しているものが”寄生虫”であるとするならば、この世にひとつしかないのではないかと思われる。
 『恋する寄生虫』とタイトルにあるように、いや、そのままの意味で寄生虫は恋をする。寄生虫が「恋」しているのではなくあくまで恋をするのは人間の方だ。この構図の中に放り込まれたのが失業中で重度の潔癖症である高坂賢吾と視線恐怖症不登校女子高生佐薙ひじり。ふたりの出会いからその過程、結末までなにひとつ普通ではないのだけれど、その普通とはなんだろうかと考えさせられる。
 高坂と佐薙はこの「普通」を選択せざるを得ない状況に追い込まれる。ただし、そこで提示される普通というものは私たちにしてみればごく自然な状態と思えるもので、ある種高坂が佐薙との新しい「普通」を造り上げることを選択する展開は、途中のハラハラから安らかな気持ちで読み終えることが出来る。「普通じゃない」状況に陥るふたりの行く末、得に佐薙ひじりが恋を愛をどのように考えているか、じっくりと読み込んでみて欲しい。きっと佐薙ひじりが恋しくなる。

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『願いながら、祈りながら』乾ルカ

願いながら、祈りながら (徳間文庫)

願いながら、祈りながら (徳間文庫)

 

 

 この作品を多感な、それこそ登場人物である中学生と同じ、自分が中学生であったときに読んだとしたら何を思っただろう。あの頃に戻ったつもりで考えてみるときっと「ああ、東京の生まれでよかった」とか「田舎ってこんな面倒くさいのかよ」とか、そんなことをまず思ったあとに、「うーん、やっぱりわからん」と言ってこの物語に登場する中学生1年生4人と、中学3年生1人の想いや感情と向き合うことを放棄してしまったかもしれない。この物語に登場する中学生は自分と自分の置かれた状況に考え悩み傷つき、そして再生していく様はきっと、あまりにも眩しいに違いない。

 “田舎”が自分にとってファンタジーのそれ(想像することでしか輪郭を描けないもの)であるのと同じように、また”過疎地”であること、そこでの生活は頭の中にある田舎的ファンタジーをさらに拡張していかないといけなくなるので、大抵読んでいて疲れてしまう。

 今回だって例外なくそうなんだろうなと構えていた。でも、別の角度からガツンと殴られるような感覚だった。確かに作中の誰かに共感するかというと、共感した試しはない。中学生が考えるにしては、あまりに中学生らしく、それが中学生ってこういう悩みあるよね?というステレオタイプなものであったとしても、多くの中学生が抱えるであろう学校や人間関係、学業についての悩みを、巧みな表現と、そうこれが重要なんだけれども、北海道の過疎地にある分校を下地に表現しているのだから、とにかく「巧くて綺麗」なのだ。

 なぜ数百ページにわたって中学生の揺れ動く感情を、彼らの言動に乗せて表現し続ける、表現し切ることが出来るのだろうと。5人しかいない学校のそれぞれ5人の視点で今を描いていく。明かされた内面は、その次の視点でそこに写る人物の前提になっている。そうして全員の視点が回ってきて、さらにこの物語は現実世界の出来事とリンクして、エンディングに向かう。

 いやはや、読後にため息が出る物語も久しぶりだった。丁寧な心理描写、北海道の空気、都会の喧噪とは異なる静けさ。逸品。

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『屋上のテロリスト』知念実希人

 

屋上のテロリスト (光文社文庫)

屋上のテロリスト (光文社文庫)

 

 

 佐々木沙希の突拍子もない、いや、到底女子高生の行動力とは思えない動きを見せて、彼女の行動はエスカレートし(最初から極まっているのだけれど)最後の最後まで加速することを止めない。語り手である酒井彰人は彼女の壮大な計画に巻き込まれていく。

 彼女が作中で何をしでかしたのか、本書の表紙を手に取ってもらえるとなんとなくは想像が出来るかも知れない。テロリスト?背後の爆発?そう、”概ね”正しい。概ねとしたのは、是非そのまま読み進めてもらいたいからだ。そうやって言うと、じゃあ今考えたこととは別の結果が描かれているのではとネタバレを危惧するかもしれないけれど、まあ読み進めて欲しい。沙希が生み出すスピードに、そんなこと言っていられなくなってしまうから。とにかく色んなことが、様々な大人が、国が、佐々木沙希という女子高生に翻弄される。読んでるこちらに息をつかせない。

 とはいえ、佐々木沙希という少女、酒井彰人以上に物語の中心となっているこの女子高生が少しばかり”チートキャラ”として描かれているのが気になるところではある。佐々木沙希が繰り出してくるのは、この物語世界の大人を、特に政治家や軍人、その他多くの大人達にとっての「ドンデン返し」であって、物語そのもののドンデン返しではないところが気になってしまうのだ。展開のスピードを優先するためには佐々木沙希を止める展開は選択出来なかったのだろう。もちろん読了してみると「確かにそうだ」と思える。

 ただ、あまりにも「起きること起きること、物事が上手くいきすぎている」と思えてしまうのは、個人的には惜しいと感じた。伏線を回収するにしても、「実はこうだったんです」と言われても「いや、待て待て」となる要素が特に終盤に散見される。

 物語全体的に、カーブの連発、宙返りから、ひねりまでコースに組み込んだハラハラドキドキするジェットコースター、というより、ひたすら真っ直ぐの直線を最高速度で駆け抜けるドラッグレースのような感覚だ。この読後感は展開に唸るというよりも、そう、スカッとするという方が正しいのかも知れない。

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